美術史、地獄絵研究
美術40%+歴史40%+古典20%
「地獄絵の先生がいる」という噂を聞きつけた「教授の授業」取材班。 「天国じゃなくて地獄なのはなぜ?」という疑問を持って「喫茶鷹巣」を訪問しました。 「喫茶鷹巣」は、愛知教育大学美術棟にある鷹巣研究室の異名です。「あの世」についての悩みを聞いてもらえます。
取材班:「こんにちはー。表にカフェって看板が・・・、喫茶なんですか?」
先生:「そうですよ。だからコーヒーがいいですか?紅茶がいいですか?どのフレーバーがいいですか?」
・・・と、10種類以上の飲み物からイチゴのハーブティーとちょっと変わった烏龍茶と某有名駄菓子でもてなされた取材班は、「絵解き研究」という見慣れないタイトルの本を発見しました。
「絵解き」とは、絵を見せながら語って聞かせるっていう芸です。たとえばこんな絵(右図)を見せながら、地獄の話を尼さんが語って聞かせるというのが、江戸時代に大ブレイクしたんですよ。全国に50枚くらい残っています。 絵の中には、いろんな地獄が描かれています。たとえば、有名なのは「血の池地獄」や、「石女(うまずめ)地獄」ですね。前者は生理が来たり出産した女性が落ちる地獄。後者は、出産しなかった女性が落ちる地獄です。つまり、この2つの地獄があるだけでもう、全ての女性は地獄行きです。
地獄絵の「絵解き」では、地獄に落ちる理由や地獄の苦しさを語ります。でも大丈夫なんですよ。神社やお寺の「おふだ」や「お経」を供えれば、救われます。・・・というような語りで、それらを販売するのです。天国は、お金儲けにならないので、あまり描かれていませんね。
そうです。「絵解き」をする人は、神社やお寺の営業員と言えます。しかも、厳しいノルマがあって、完全歩合制のうえ、「おふだ」や「お経」の売上の何割かは神社やお寺に納めないといけませんでした。だから、営業成績(収入)を左右し、ノウハウでもある「語り」は文字にしないのが基本です。だから「絵解き」の原稿や台本というのは、ほとんど残っていないのです。いわば手品の種のようなものですからね。
まず1つ目の理由は、小学生のころから、怪獣のトレカを集めるのが好きでした。2つ目は、絵を見るのが好きでした。でも日本美術よりも西洋美術に親しんでいました。3つ目は、母方の実家がお寺でした。これらが重なりあった結果、地獄絵研究にたどりついたようですね。
地獄絵はまさに、僕の好みを実現しています。ごちゃごちゃした絵が好きですし、珍しいものが好きなんです。たくさん描かれていると、珍しい絵柄に出会えるんですよ。怪獣のトレカも箱買い・大人買いすると、レアなカードが混じっていますよね。そんな感じです。
僕が知る限り、現役で地獄絵を扱っている美術史の先生は、日本で5人くらいしかいないんじゃないかしら。そのうちの僕を含む2人は愛知県です。もうちょっとすると、愛知県が地獄絵研究の中心になるかもしれませんよ!この分野でいまいちばん研究者の密度の濃いのは愛知県かもしれませんから。
5年に一度くらい、奇跡のように、最初からこういった分野に興味のある学生が来ます。それでも地獄絵や「絵解き」というのは知らなかったりしますが、研究室を選ぶ時期になる前から、研究室に入り浸る傾向があります。こういった分野は、好きな人は説明されなくてもゾクゾクするし、そうでない人は、どれだけ説明されてもピンとこないものですよね。 でも「鬼の絵がかわいい」という女子学生はいます。僕も愛している鬼がいます。
考えるプロセスを理解してもらえるように意識しています。僕の場合は、地獄絵に関心があったから、地獄絵をとおして考えるプロセスを組み立てましたが、地獄絵でなくても、問題について考えるプロセスを習得して欲しいですね。目の前の困難から解決すべき課題を見つけ出し、解決方法を見つけ出し、その方法を自分の持っている能力の範囲で実現するために調整ができれば、どんな業界に行っても役立つだろうなと思います。でも、こっちの業界に進んで活躍してくれたらいちばん嬉しいのは言うまでもありません。
「鷹巣研究室」で研究したい人は、愛知教育大学の「初等教育教員養成課程美術選修」または「中等教育教員養成課程美術専攻」に進学してください。教師になりたい人、絵を描きたい人、何か作品を作りたい人には、鷹巣研究室でできることはあまりありません。しかし、地獄絵などの宗教美術のスペシャリストになりたい人にとっては、ぴったりです。研究を仕事にしてゆきたい場合は、大学院進学を視野に入れた方が良いでしょう。この分野は、いかにスペシャリストになるかが重要です。狭く絞り込まれた分野での専門性がその先の進路につながります。(就職先の例:研究者、美術館・博物館の学芸員、自治体の文化財課、教育委員会等)
■このページの情報は、2009年9月の取材を元に作成された情報です。
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たくさんのものを見てください。特に、「実物を見よう」と意識するのは、とても大切かもしれませんね。「そのものがあるべき場所に足を運んで見る」のは、財産になると思います。図書館やインターネットで見てもいいんですけど、実際の場のなかで見える情報っていうのは、整理された情報よりも圧倒的に多様ですし、おもしろいですよ。
その時々でいちばん安上がりにできることっていうのがあると思います。ヒマがタダで手に入る大学時代は、まさに勉強するのがいちばん安上がりにできることです。 アルバイトだけに時間を費やしてしまうのは、もったいないなと思います。「卒業したら死ぬほど働けるよ」って僕はよく言うんですけどね。それから「お金がないから」って理由で展覧会に出掛けない諸君もたくさんいますが、それって話が逆ですよね。海外の美術館が所蔵している作品の展覧会が日本であるときなんて、飛行機代がかからずそれらを見る絶好のチャンスなんですから、その希少性に気づいて欲しいですね。
「企業では通用しない」という言い方で、すべてを片づけないで欲しいと願っています。美術品や文化の保存・保存技術は 採算性重視では危険です。作品の扱いを、「あっちが安いからこっちが安いから」と任せる会社をコロコロ変えていったりすると、失われる危険が大きい。たとえば5千年前に作られた1つしかない作品なんて、破損したらおしまいですね。もちろん、企業的価値観を必要とすることは企業にお任せすればいいと思います。しかし、文化の裾野を支えることは、それとは別の価値観で行うべきだと思います。経済的に黒字なものだけを認めるのではなく、社会が価値観をいくつか持ってくれたら嬉しいなって思いますね。
高校までの勉強と大学の勉強は違います。
高校までは、世界に何があって、それらがどう関係しあっているかということについて、インデックスを作る作業です。世界の広がりの中で自分がどこにいるのかが分かります。暗記したことの詳細を忘れてしまっても、それが何に関することかさえ分かっていれば、調べるための取っ掛かりを持っていることになります。だから、高校までの勉強は、社会に出るまでに「使い物になる程度」には仕上げておいたほうがいいと思いますよ。
大学の勉強は、たくさんつくったインデックスの中から、自分が関心を持ったいくつかのことを選び出して、さらに掘り下げる作業です。それが僕が思う本当の勉強ですが、これは、やりたくなったとき、必要になったときにやればいいと思います。
地獄絵と大いなる関係のあるお経。大正新脩大藏經テキストデータベースでは、お経の全集『大正新脩大蔵経』が全巻読めます。お葬式で読まれるお経は、全体の1%にも、0.01%にもならない?!そんな広大なお経の世界が、無料で公開されているサイトです。膨大な『大正新脩大蔵経』は、大学の先生でも全巻読んだ人はめったにいませんよ。
「浄土双六」というスゴロクを知っていますか?室町時代には天皇陛下まで夢中にさせたこのスゴロクは、みなさんの生活が「スタート」、「ゴール」は極楽です。その間にいろいろな世界に生まれ変わりながらゲームが進むのですが、一度地獄に落ちると、めったなことではあがれないという、とてもリアルなスゴロクです。清く正しく生きましょう。
地獄のイメージは、平安時代の天台宗のお坊さん・源信の『往生要集』という本が元ネタと言われています。『往生要集』を基にした地獄絵や絵解きを通じて、日本人は「あの世」の共通イメージを持てるようになったのかもしれません。